普段、私たちは日本語を書き表すのにひらがな、カタカナ、漢字を使い分けている。漢字を習い始めたばかりの頃は、ひらがなでも書けるのにどうして漢字まで、と少々恨みに思いながら覚えた記憶があるのだが、習得に努力が必要な分、漢字にはそれに見合った便利なところがあるのも事実である。
そんな漢字にまつわる様々な話を収録したのが、今回ご紹介する『 漢字のいい話 』(新潮文庫)。著者は「新字源」の編者でもある阿辻哲次氏である。
漢字のメリットとは何だろう。
文字をすべてカタカナで表記する電報。一見しただけでは意味が分かりづらく、文面によっては複数の意味をもつ文章になり、相手に誤解を与えてしまう可能性がある。一方漢字はビジュアルが意味も伝えるため、ひらがなやカタカナのみで文字に書き表したときのような読みづらさを解消してくれる。読みと意味を同時に伝えるのが漢字なのである。
もちろんカタカナにもメリットはある。こちらは音を表すのに適しているため、外来語を取り入れた際、すぐに文字にして書き表すことが可能だ。ではすべて漢字表記の中国ではどうしているのかというと、海外からコカ・コーラが取り入れられた際は、コカ・コーラの表記を公募で「可口可楽」に決めたのだとか。この他にも「魔術霊」・「剣橋大学」の例が紹介されていた。特に「魔術霊」は難問だと思うのだが、皆さんは読めるだろうか? 音と意味を踏まえた漢字が当てられており、なるほど、と思わず膝を打った。答え合わせは本書で。
日本は中国から漢字を取り入れ、自分たちの文化に合わせて独自の進化をさせてきた。
例えば「国字」。特に魚編は数が多い。国土の大部分を広大な大陸で占める中国は、河川や海に面する一部地域を除いて人々にはほぼ魚に触れる機会がなかった。これに対し、日本は島国で海に囲まれており川も多い。人々が魚に触れる機会も多かったため、豊富な魚の種類を区別する必要があった。結果、日本では魚の種類を表す漢字が数多く登場することになったのである。
他にも興味深い漢字の歴史が紹介されているが、戦後訪れた漢字廃止の危機、そしてワープロとパソコンの影響は外してはならないだろう。
現在日本では部首の「しんにょう」に点ひとつとふたつの区別がある。「謎」という漢字、あなたはどちらで記憶しているだろうか?
文庫で決して分厚くはない本なのだが、中身は非常に濃厚で読み応えがある。コラムも面白い。「恭賀新年」の項目は特に驚いてしまった。「恭」の字に対する印象がおかげですっかり変わった。
知ったそばから誰かにきっと話したくなる。まずは目次をチェック。興味のある項目から、じっくり読み進めていってみては?