もののけとは何か。そう問われて皆さんが最初に思い浮かべるのは幽霊や妖怪のたぐいだろうか。
現在の私たちが想像するモノノケは映画やアニメの影響が大きい。だが、時代によって語られてきたモノノケは度々異なる存在を示している。
本書『もののけの日本史 死霊、幽霊、妖怪の1000年』(中公新書)は、タイトルの通り死霊や幽霊、そして妖怪と従来区別なく語られてきたモノノケについて、あらためてその言葉の示すものを捉えなおし、考察を深めていこうとするものである。
本来、古代におけるモノノケとは、<正体が定かではない>死霊の気配、もしくは死霊のことを指していた。モノノケは、生前に怨念を抱いた人間に近寄り病気にさせ、時には死をもたらすと考えられていたのである。古代におけるモノノケは畏怖の存在だ。しかし時代が下り、近世にもなると、モノノケと幽霊は混淆して捉えられるようになっていく。
この過程を探るべく、本書では中世の幽霊についても考察がされている。古代ではあくまで正体不明のものを指していたモノノケが、正体の分かっている個人の幽霊も含むように変化している点が興味深い。なお、中世における幽霊の言葉の定義は今より広く異なっているようだ。故人の氏名が入る箇所を<幽霊>と置き換えて表現するなど、面白い文献が紹介されている。当時の状況がうかがえるので本書をぜひご確認頂きたい。
モノノケの文献への登場は古代に多い。
この世の栄華を極めたとされる藤原道長もモノノケの対処に苦労していた一人だ。病がちだったことに加え、多くの人々の恨みを買っていた自覚もあり、道長はモノノケを非常に恐れていた。当時の貴族には珍しく、自らもモノノケを調伏させる方法に精通していたという。だが、そんな道長はモノノケの調伏で大きな過ちを犯してしまう――
なお、かの有名な光源氏もモノノケに悩まされたことがある。源氏物語でピンと来ている方も多いかもしれないが、こちらはその後の対処法に難ありと思わず苦言を呈したくなった。
「モノノケは時代の人間から求められる形をとりつつ、現代まで語り続けられてきた」と本書にあるが、それはモノノケの漢字表記にも見て取れる。「物の怪」は中世に入ってからの表現であることに少し驚いた。
人々がどのようにモノノケと接し、対処してきたのか。詳細を本書でぜひお確かめ頂きたい。