今回ご紹介するのは『考えるナメクジ 人間をしのぐ驚異の脳機能』(さくら舎)。うわ、ナメクジ!? と思われた方、回れ右をするのは少し待って欲しい。
ナメクジといえば農作物の害虫で有名である。英語ではのろまの代名詞として使われるなど、やはりそのイメージは良くない。雨の降った後、鉢植えをどかすとよく遭遇するが、その見た目や、ナメクジが這って移動した跡がべたべたしているのが嫌だ、という方も多いのではないだろうか。
だがそんな嫌われ者のナメクジ、実は賢く、学習能力もある。特筆すべきはその脅威の回復力である。
ナメクジはカタツムリやクリオネと同じ巻貝の仲間ではあるが、別の種である。ナメクジはカタツムリと違って背中に殻を持っていない。なお、カタツムリは殻の中に大事な内臓をしまいこんでいるため殻を脱ぐことはできない。見た目は少し似ているが、全く別の生き物なのである。
また、ナメクジといえば塩をかければ溶けると認識している方も多いと思うが、実際には溶けている訳ではない。体のほとんどが水分でできているために浸透圧によって多量の粘液と水分を放出して縮んでしまう様子が溶けているように見えるのである。
なお、発達してるのは触覚。視覚、触覚、嗅覚を感知している大触角で、彼らは安全な場所や食べられそうな餌を探す。
また、ナメクジにはより暗い場所を好む性質(負の光走性)がある。頭から生えた二本の触角センサーを比較して、より暗い方に行きたがるのだ。これを利用した面白い実験が紹介されていた。
まず好物である野菜ジュースを暗い場所に置いてナメクジを誘導するのだが、ナメクジが食べようとしたタイミングでキニジン硫酸水溶液(嫌なにおいがするもの)をかけ、ジュースのにおいを嫌いにさせる。するとその後はジュースが暗い場所に置かれていても近寄ろうとせず、ナメクジは明るい場所に戻ろうとするのだそう。しかし本能的に明るい場所も嫌いなナメクジは、暗い側に進むことも明るい側に進むこともできなくなってしまう。同じ場所を行ったり来たりして葛藤、苦悩している様子が見て取れるそうだ。
ではそんなナメクジの大事な触角や脳が重大なダメージを受けた場合、一体どうなってしまうのだろうか? 当然生きては行けないと考えてしまうのだが、ナメクジの再生能力は予想をはるかに超えてすさまじかった。つぶれてしまった前脳葉は一ヶ月、切断された触角も数週間程度で回復してしまう。人間にはおよそできない芸当である。なお、ナメクジの触角にはさらに面白い役割がある。先程紹介したセンサーとしての役割だけでなく、実は脳のような働きも行っているのだが・・・この詳細は、ぜひ本書でお確かめ頂きたい。
ナメクジの生態もさることながら、マイナー生物ならではの思いがけない著者の苦労話なども面白いのでこちらも要注目。
身近であるものの、嫌悪感が先に立ってその生態をよく知らなかったのだなと痛感した。興味がわいてきたのであれば、ぜひ本書を読んでみて欲しい。これまでのナメクジの印象がガラリと変わるはず。